亡くなったSteve Jobsが自らの余命を知ってから、どんなことをして過ごしていたのかを読みました。
行きつけのお寿司屋さんに友人を招き、お別れの食事会をしていた、とか、
Bill Gatesがお見舞いに訪れたとき、熱心にデジタルと教育を語り合った、とか、
アンドロイドOSに激怒しつつもLarry Pageに時間をとってアドバイスをした、とか。
すべてが真実ではないのかもしれませんが、余命を知ってからのJobsの生きざまはカリスマ的ではなく、人間くさいように思いました。
先日、私の友人であり、同じ中小企業診断士の仲間であり、大学の先輩でもあったSさんが2年間の闘病の末、亡くなりました。
告別式会場の入口にパネルで展示してあった写真や、式のなかで司会の方やご遺族が教えてくれた話から、Sさんが残りの時間をどう過ごしたのかが、少しだけですが感じ取れました。
誰にとっても時間は無限ではなく有限。
当たり前のこのことを改めて考えて、私にとっての残りの時間を悔いなく過ごしたいと思います。
2011年10月31日
2011年10月21日
大人の会食〜4人共通の課題は?〜
今晩は大人の会食でした。
議事のうちひとつは前回(2ヶ月前)に各自で宣言した目標のチェック。
私も含め4人とも見事達成!
「前回宣言しなかったら、達成できていなかったと思う」という方もいらっしゃいました。
私も同感です(笑)。
そして次回までの課題も宣言。
4人ともダイエット関連の課題を入れていたのには笑えました。
その他の議事でも
ドラゴンズファンじゃないのに、ドラゴンズの球団運営をマーケティング視点で語る方……
20数年ぶりのテニスで怪我をしてギプスがようやく取れた方……
いろいろな意味で人生の迷いを感じている方……
話は尽きません。
今日ようやく会の名前が決まり、次回からは新入委員も参加予定で、楽しみ倍増は間違いありません。
私は、幹事として精一杯アシストしていきます。
2011年10月20日
「運命は必然という偶然で出来てる」?
このところ、奇妙と思えるほどの「偶然」が続いています。
本屋さんで、決して売れ線ではない本を持ってレジの列に並んだら、前の人も同じ本を持っていたり……
Steve Jobs追悼のNHK「クローズアップ現代」で10年前のJobsが口にしていたあるキーワードを、その翌日、ある方が講演で創業体験談を振り返るときに何度も使っていたり……
お仕事で名古屋から小一時間ほどのある駅を利用したら、その後、ある身近な方がまったく同じ日にその駅を利用していたことが判明したり……。
元Judy And MaryのYUKI(結構好きです)が歌う「JOY」という曲があります。
そのなかで、
♫運命は必然じゃなく偶然で出来てる♫ というフレーズがありますが、
ライブのときにはこのフレーズを、
♫運命は偶然じゃなく必然で出来てる♫ とか
♫運命は必然という偶然で出来てる♫ とか、歌詞をかえて歌っているようです。
このところの私の周囲の偶然も必然なのかと考えたりします。
本屋さんで、決して売れ線ではない本を持ってレジの列に並んだら、前の人も同じ本を持っていたり……
Steve Jobs追悼のNHK「クローズアップ現代」で10年前のJobsが口にしていたあるキーワードを、その翌日、ある方が講演で創業体験談を振り返るときに何度も使っていたり……
お仕事で名古屋から小一時間ほどのある駅を利用したら、その後、ある身近な方がまったく同じ日にその駅を利用していたことが判明したり……。
元Judy And MaryのYUKI(結構好きです)が歌う「JOY」という曲があります。
そのなかで、
♫運命は必然じゃなく偶然で出来てる♫ というフレーズがありますが、
ライブのときにはこのフレーズを、
♫運命は偶然じゃなく必然で出来てる♫ とか
♫運命は必然という偶然で出来てる♫ とか、歌詞をかえて歌っているようです。
このところの私の周囲の偶然も必然なのかと考えたりします。
2011年10月09日
JobsとAppleと私
あっけなくSteve Jobsが逝ってしまいました。この3年ほどの瘦せ方を見ていれば、病気の重さは明らかだったし、9月末決算のAppleにあって8月下旬という中途半端な時期にはCEOも降りていたので、よくないのだろうな、とは感じていましたが、こんなにも早いとは……。
私がSteve Jobsという存在を知ったのは、Appleに復帰したときのニュースでです。その2年ほど前に、私にとって初めてのパーソナルコンピュータだったPower Macintosh 7200/90というマシンを買って(OSは漢字Talk7.5。本体で25万円くらいだったと思う)、来る日も来る日も心を躍らせて、なでまわしていました。Jobsが復帰してしばらくすると、AppleはThink differentというスローガンを掲げてキャンペーンを始めました。ダライラマ、アインシュタイン、ジョンとヨーコ、ガンジーといった「クレージーな人たち」の生き様に、Appleの企業姿勢を重ねあわせるCMにガツンとやられたのを覚えています。
その後、かの有名な半透明なiMac(シースルーと言う人が多かったけど、Appleはトランスルーセントと言ってましたね)を発売したときにJobsが多くのメディアで取り上げられ、このSteve Jobsっていう人はどうもすごいぞ、と意識し始めたわけです。ちなみに、私はそのiMacを周囲にすすめまくり、20台くらいはAppleの販売に貢献しました。
Appleは初代iMacに続いて、iMacの多色展開(The Rolling StonesのShe's a Rainbowが使われた5色のiMacのCMは衝撃的な美しさでした!)、OSの9への進化、iBookの発売、と畳み掛けていきます。一人のユーザーとして、この頃のAppleは見ていて、まさにV字回復で勢いに乗っていた印象があります。
それから少しして、暫定CEOだったJobsが正式にCEOになったと記憶しています。
確かその頃のAppleはMac関連の展示会「Mac World Expo」、Apple主催の開発者会議に加え、日本とヨーロッパでSteve Jobsが基調講演をしていて、そのたびに新商品が発表になって大きなニュースとして報じられていました。私はJobsの基調講演を、最近よく言われるようなプレゼンテーションのうまさという観点ではなく、どんなハード・ソフトが発表になるんだろうか、というユーザー・ファンの立場でしか見ていませんでした。当時、世間ではApple対Microsoftという対立構造が語られていて(Appleは意図的にそれをねらっていたと思う)、Jobsが基調講演でMicrosoftをユーモラスに風刺するのを楽しみにしていました。
その後のAppleは、iPodでユーザーの裾野を大きく広げ、Appleが一部のマニアックなファンの会社ではなくなっていきました。iPodに続いて、iPhone、そしてiPadでますます一般の会社と化していくAppleについてはもう皆さんご存知のとおりでしょう。
Jobsの訃報を伝える大手メディアはJobsを瀕死のAppleを救った天才経営者のように紹介しています。それを正しくないとは言いませんが、それ以外の面も含めてJobsを評価すべきなんじゃないかな、と思ったりもしています。
Jobsは何も次から次へと連続してヒット商品を世に出してきたわけではありません。販売がふるわず、短期間で販売終了になった商品もあります(たとえば、iPod HiFi。また、最近ようやく少し日の目があたってきたけどApple TVも販売的には期待以下ですね)。また、各地で活動していたユーザーグループへのAppleからの公式なサポートを打ち切ったのも、よくもわるくもJobsらしい施策です。そういうマイナス面も含めて、それでもやはりJobsが打ち出してくる、新しい何かに私も含めたユーザー・ファンは期待していたわけだと思うのです。
8月には時価総額で世界一になったApple。ハードもソフトもサービスも結びついたビジネスモデルは非常に強固ですし、今後4〜5年の事業戦略もきっちりできあがっているはずですから、当面はAppleのプレゼンスが大きく下がることはないと思います。もちろん、株価についてはJobsプレミアムがオンされていた面は否めないため、いくらか下がることは下がるでしょうが……。
また、Jobsがいなくなっても、今のAppleには十分、Jobsの哲学や考え方は浸透しているはずですから、今までのAppleらしさはそうそう薄れないでしょう。
ただ、Jobsがこの世にはもういない、という現実は残念ですが受けとめなければなりません。
Steve Jobsがこの世に生きていた時に、生きていることができた私はラッキーでした。
Thank you, and Bye Steve Jobs.
(ちなみに、タイトルの「JobsとAppleと私」は「部屋とYシャツと私」のパクリではありません。念のため)
私がSteve Jobsという存在を知ったのは、Appleに復帰したときのニュースでです。その2年ほど前に、私にとって初めてのパーソナルコンピュータだったPower Macintosh 7200/90というマシンを買って(OSは漢字Talk7.5。本体で25万円くらいだったと思う)、来る日も来る日も心を躍らせて、なでまわしていました。Jobsが復帰してしばらくすると、AppleはThink differentというスローガンを掲げてキャンペーンを始めました。ダライラマ、アインシュタイン、ジョンとヨーコ、ガンジーといった「クレージーな人たち」の生き様に、Appleの企業姿勢を重ねあわせるCMにガツンとやられたのを覚えています。
その後、かの有名な半透明なiMac(シースルーと言う人が多かったけど、Appleはトランスルーセントと言ってましたね)を発売したときにJobsが多くのメディアで取り上げられ、このSteve Jobsっていう人はどうもすごいぞ、と意識し始めたわけです。ちなみに、私はそのiMacを周囲にすすめまくり、20台くらいはAppleの販売に貢献しました。
Appleは初代iMacに続いて、iMacの多色展開(The Rolling StonesのShe's a Rainbowが使われた5色のiMacのCMは衝撃的な美しさでした!)、OSの9への進化、iBookの発売、と畳み掛けていきます。一人のユーザーとして、この頃のAppleは見ていて、まさにV字回復で勢いに乗っていた印象があります。
それから少しして、暫定CEOだったJobsが正式にCEOになったと記憶しています。
確かその頃のAppleはMac関連の展示会「Mac World Expo」、Apple主催の開発者会議に加え、日本とヨーロッパでSteve Jobsが基調講演をしていて、そのたびに新商品が発表になって大きなニュースとして報じられていました。私はJobsの基調講演を、最近よく言われるようなプレゼンテーションのうまさという観点ではなく、どんなハード・ソフトが発表になるんだろうか、というユーザー・ファンの立場でしか見ていませんでした。当時、世間ではApple対Microsoftという対立構造が語られていて(Appleは意図的にそれをねらっていたと思う)、Jobsが基調講演でMicrosoftをユーモラスに風刺するのを楽しみにしていました。
その後のAppleは、iPodでユーザーの裾野を大きく広げ、Appleが一部のマニアックなファンの会社ではなくなっていきました。iPodに続いて、iPhone、そしてiPadでますます一般の会社と化していくAppleについてはもう皆さんご存知のとおりでしょう。
Jobsの訃報を伝える大手メディアはJobsを瀕死のAppleを救った天才経営者のように紹介しています。それを正しくないとは言いませんが、それ以外の面も含めてJobsを評価すべきなんじゃないかな、と思ったりもしています。
Jobsは何も次から次へと連続してヒット商品を世に出してきたわけではありません。販売がふるわず、短期間で販売終了になった商品もあります(たとえば、iPod HiFi。また、最近ようやく少し日の目があたってきたけどApple TVも販売的には期待以下ですね)。また、各地で活動していたユーザーグループへのAppleからの公式なサポートを打ち切ったのも、よくもわるくもJobsらしい施策です。そういうマイナス面も含めて、それでもやはりJobsが打ち出してくる、新しい何かに私も含めたユーザー・ファンは期待していたわけだと思うのです。
8月には時価総額で世界一になったApple。ハードもソフトもサービスも結びついたビジネスモデルは非常に強固ですし、今後4〜5年の事業戦略もきっちりできあがっているはずですから、当面はAppleのプレゼンスが大きく下がることはないと思います。もちろん、株価についてはJobsプレミアムがオンされていた面は否めないため、いくらか下がることは下がるでしょうが……。
また、Jobsがいなくなっても、今のAppleには十分、Jobsの哲学や考え方は浸透しているはずですから、今までのAppleらしさはそうそう薄れないでしょう。
ただ、Jobsがこの世にはもういない、という現実は残念ですが受けとめなければなりません。
Steve Jobsがこの世に生きていた時に、生きていることができた私はラッキーでした。
Thank you, and Bye Steve Jobs.
(ちなみに、タイトルの「JobsとAppleと私」は「部屋とYシャツと私」のパクリではありません。念のため)